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エリア:
- 南太平洋 > フィジー > マナ島
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テーマ:
- ビーチ・島
Bula ブラ! ピタ室長です!
今週もフィジー、マナ島のダイビング・ショップ、アクアトレック・マナの現地インストラクター よしさんのフィジーの happiness をお届けします!
フェイスブックを眺めていると時々、ドキッとするような文章や言葉に出合うことがある。それは一般的にいうと名の知れた人ではないごく普通の人たちで、そのうちの何人かは僕の友人であったり、知り合いであったり、知りあいの知り合いであったりする。その辺がSNS(好きな呼び方ではないけどほかに思い浮かばない)の面白いところで、それが無ければ意見や話を聞くこともまた会うことも無かったであろう人たちと繋がっているのだから。ほとんどは無駄か無くてもいい事ばかりで、稀にあるドキッとするようなことさえ、無ければないことに気付きもしないことばかりなのだけれども。
僕がかつて親しかった人を通じて偶然知り合った人がいて、その人のメッセージやコメントが面白い。知り合ったといってもフェイスブック上で僕がコメントを送ったのは一回だけで、先方からもそのときの問いかけ対する簡潔な返信が一回のみ。それ以来一度もフェイスブック上でのやり取りはしていないし、「いいね」を捺すこともない。そんな関係なのだが、その人のメッセージがフェイスブックのシステム上毎回のように眼に入る。メッセージのほとんどはブログサイトへの誘いのようなもので、興味がありそうな内容のときだけ気がむけばという程度の頻度で覗いている。そのブログの内容というか、ものの見方が面白い。内容が毎回面白いわけではないけど、時々僕と同じだと思って嬉しくなったり、へ~そういう捉え方もあるんだと、新しい発見があったりで、その視点が面白くて、只者やないなと、声に出して言ってしまったりする。繰り返すが、その人とは一面識もないし、フェイスブックやブログでも本人の姿をはっきり出すことがないので、顔や容姿すらしらない。ぼんやりと同じ世代の人だろうなと思っているけど、それ以上詮索しないし想像もしない。その人自信が書いていることが嘘でない限り、特に何かを書いたり表現したりすることの専門家ではないようだ。つまり、そういう意味においては普通の人であり、ただの人という表現も間違っていないだろう。
それなりの人が書いてもピンと来なければ、面白くもなんともないフェイスブックやブログの中で、これほど面白いと思わせてくれるこの人は、少なくとも僕にとっては、只者でなない。
これからもこの只者ではない只者のコメントを見つけて、わが意を得たりと膝をたたく。そんなおやじっぽい仕草を時々はやってみたいし、楽しみたい。
2015-06-15
- タグ:
- マナ島
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