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- チェ・ゲバラの足跡をキューバに見る
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エリア:
- カリブ海>キューバ
- テーマ:観光地 歴史・文化・芸術
- 投稿日:2013/11/25 15:42

チェ・ゲバラは、1928年アルゼンチンの比較的裕福な家庭で生まれた。
元より血気盛んな一面はあったらしいが、彼が革命に走り出す大きな一歩となったのが、オートバイでの中南米周遊旅行だ。
時は1950年代。
第二次世界大戦が幕を閉じ、東西冷戦が激しさを増した頃だ。
中南米の諸国も例外ではなく、米国の影響が強い各国において、政府に対する共産(社会)主義勢力による抵抗運動も珍しくはなかった。
チェ・ゲバラも激動の中にある中南米諸国を巡り、様々な人と触れ合う内に赤い思想に傾倒していったと言われている。
その後、キューバでの革命を志すフィデル・カストロと運命の出会いを果たすと、その片腕となり、寡兵でありながら巧みなゲリラ戦術を用い、キューバ革命成功の原動力となった。
カストロの革命政府では要職に就き、戦場からデスクワークに身を転じた。
しかし、理想を実現する為の妥協など知らないチェにはデスクワークは向かなかったのかもしれない。
キューバは、ソ連を中心とした共産(社会)主義から一線を画すようになり、それが元で政府を去った。
新体制樹立に貢献した人物が、新政府を間もなく去らざるを得ない状況は歴史上よくある事だ。
日本の西郷隆盛、イタリアのガリバルディなどすぐに思い浮かぶが、得てして政府に残って勝ち組になったと思われる人間より現在では人気が高い事が多い。
チェも然りである。
しかし、チェが世界的な英雄たる所以は、ただ政府から身を引いただけではなく、その後も他国に渡り各国の左派ゲリラの先頭に立って鼓舞して回った事だ。
そして最後の戦場となったボリビア戦線においても勇敢に戦い、政府軍に射殺するまで獅子奮迅の活躍をした。
享年39歳。
その名前は今や中南米を始め、世界各地でカリスマである。
今日のキューバを訪れると、至る所でチェ・ゲバラに触れる事になり、改めてその存在の大きさを思い知らされる。
既に共産(社会)主義は各地で崩壊し、冷戦も終りを告げた。
資本主義は20世紀後半に全盛を極めたが、怪しくなってきた。
このような状況の中、世界的な活字不況にも関わらず、ドイツの本屋ではマルクスがよく売れているらしい。
資本主義の危機で、既に過去の遺物とされていたマルクスの理念がひょっとしたら光を浴びるかもしれない。
しかし、第二のチェが現れる事はないだろう。
良かれ悪かれ、「無双の国士」とは彼のような男の為にある言葉だろう。
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