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エリア:
- ヨーロッパ > リトアニア > ビリニュス
- ヨーロッパ > リトアニア > カウナス
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テーマ:
- 観光地
- / 世界遺産
- / 歴史・文化・芸術
「私のしたことは外交官としては間違っていたかもしれない。しかし、私には頼って来た何千もの人を見殺しにすることはできなかった」
杉原千畝、みなさまこの名前をご存知でしょうか。
第二次世界大戦時、日本から遠く離れたリトアニアという国で、6,000人ものユダヤ人に向けてビザを発給した日本人がいたのです。
これだけ聞くとなんのこっちゃですが、その時代ドイツと同盟を組んでいた日本としては、ユダヤ人にビザを発給し、ナチスドイツの手が届かに場所へ逃がすことなど許されない事でした。
アメリカやオセアニアなどの第三国へ逃げるために、どうしても必要であった日本の通過ビザ。
日本本国の命令に背いてまで、自分や家族の立場を危うくしてまで、何故彼はビザを発給し続けたのか。
幼い頃に、本か何かで杉原千畝の事を知った私にとって、彼はずっと正義の人でした。
いつか訪れたいと思っていた杉原千畝ゆかりの土地へ、今回、フィンランド航空様とリトアニア政府観光局様のご招待で訪れる機会をいただきました。
初めて目にした素朴で温かい、憧れの土地。
農業が盛んで、自然豊かな国で出会った、素敵な景色。
皆様のご旅行の参考になりますように。
今回の旅程は、ヴィリニュスをスタートし、トゥラカイ、カウナス、ドゥルスキニンカイと巡ってきました。
リトアニアの魅力の一つに、地方都市の面白さがあげられます。
リトアニアへのご旅行だとヴィリニュスだけ訪れる方も少なくありませんが、時間が許すのであれば、是非他の町まで足を延ばしてみてください。
まだまだ他のヨーロッパ諸国に比べ、知名度は高くないリトアニア。
実際に私も行くまでは何があるのかよく分からず、バルト三国で一冊にまとめられている地球の歩き方を握りしめ、ヨーロッパまで最短最速のフィンランド航空で出発しました。
フィンランド航空は、アメニティやブランケット、紙コップなど、日本でも大人気のマリメッコとコラボしていることでも有名。
ヘルシンキ空港にはマリメッコのお店もあり、日本の半額ぐらいで購入出来るそうで、こちらも女子に大人気です。マリメッコ店のすぐ隣には、これまた大人気のムーミン店が並んでいるので、乗り継ぎ時間があいたとしても、十分楽しめる空港でした。
サイレントポリシーを取り入れているため、空港内はとても静かでフィンランドという国のイメージにぴったり。(入国した事はないですが)
こじんまりとした空港なので、乗り継ぎの移動もとっても簡単でした。
数年後には新しいターミナルが作られる予定で、また私たちの旅は自由に快適になります。
快適な移動で、遂に到着しました、リトアニア!
リトアニアの首都、ヴィリニュスは、教会密集度が世界一と言われるほど、町中に教会がひしめき合っています。
旧市街は歩いても十分観光ができる大きさ。街並みが本当に美しくて飽きることがありません。
ヴィリニュスの歩き方のコツは、旧市街の街の中を迷子になることだと聞いていましたが、本当にその通りで、一つ角を曲がればまた新しい顔を見せてくれる、いつまでも飽きることのない魅力を持った街でした。
夜には、丁度宿泊していたホテル前の広場でクリスマスマーケットも行われていたので、みんなで探検に行きました。
クリスマスマーケット初体験の私でしたが、何でしょう、あの独特な温かい優しい雰囲気にすっかり虜になってしまいました。
クリスマスのオーナメントや、ホットワイン、ジンジャークッキーが売っているお店が、クリスマスツリーをぐるりと囲むように並んでいるのですが、みんな幸せそうな顔で写真を撮ったりお菓子を食べたり、日本では見ることのない素敵なあの雰囲気。
冬のヨーロッパなんて寒いだけで絶対行きたくないとずっと思っていましたが、クリスマスシーズンであれば、また是非行きたいと思えるほどに幸せな空間でした。
<ヴィリニュスのクリスマスマーケット>
次に訪れたトゥラカイはヴィリニュスから車で約一時間。ヴィリニュスに移るまで首都が置かれていたトゥラカイの見どころといえば、トラカイ城。
大きな湖に浮かぶトゥラカイ城は、まるでディズニー映画にも出てきそうに可愛いお城。夏には湖でボートを楽しむこともできるそうです。
きゃーきゃー言いながら写真を撮りまくっていましたが、いざ城内に入ってみると・・
あら?まさかの拷問道具が置いてありました。
他にも跳ね橋や、敵が攻めて来た際に守りやすいように作られている狭い階段を見て、いくら可愛いといっても戦争の為に作られたお城なのだなぁとなんとなくしんみり。
お城の中はこじんまりしていますが、見ごたえはたっぷり。
トゥラカイにはトルコ系移民がたくさん住んでいるため、町中にも彼らの伝統家屋が並んでいました。
彼らの伝統料理「キビナイ」というパイも町の名物となっており、多くのカフェやレストランで食べることができます。
肉まんに近いような味で、ぺろっと食べれてしまいました。
次に訪れたカウナスは、第二次世界大戦時に首都が置かれていた街。
この町の見どころといえば何と言っても杉原千畝博物館で、今回の旅で、私が一番楽しみにしていた場所。
そして、遂にその場に私は立つことができた。
彼がこの地で6,000人ものユダヤ人に向けて発行した日本の通過ビザ。
1940年7月から8月にかけて、寝る間を惜しみ、何本ものペンを潰しながら、日本本国の命令を無視し、無許可で発給し続けたビザ。
最後、リトアニアを出発する列車の窓からもビザを投げていたという。
小さい頃から憧れていた杉原千畝が、実際に住んでいた場所は、高級住宅街の一角にひっそりと佇んでいた。
「希望の門、命のヴィザ」とかかかれたプレートが掛けられた門は、私の想像よりもとても小さく、ここに100人を超えるユダヤ人達が詰めかけたとは想像ができない。
杉原千畝が住居としても利用していた元日本領事館を使った博物館では、杉原千畝の生涯をまとめた15分のビデオや、書斎を再現した部屋を見ることができ、訪れた人は皆、机に座って杉原千畝ごっこをするのがお約束で、私もいそいそと記念撮影をさせてもらいました。
入館料は無料で、入場者からの寄付だけで運営されているそう。
博物館内のお土産屋さんで売られているビザの形をしたマグネットや、チョコレート、蜂蜜は美味しいと評判で、パッケージも可愛いので、お土産にお勧めです。
その当時、ヒットラー率いるドイツと同盟を組んでいた日本の国民として、彼がしたことは果たして正義であったのか。その当時の日本の正義を当てはめれば、決してしてはならなかったでしょう。彼のした事に関しては、様々な意見があることも理解できます。
しかし、そういった状況下でも、自分の正義を貫き通した杉原千畝という日本人を、私は心から誇りに思いました。
「私は大したことをしたわけではない。当然のことをしただけです」
この場所で彼がいかに悩み抜き、自分の正義を貫き、目の前の命を助けようと戦い抜いたのか。憧れのこの土地に、自分の足で立つことができて本当に心から嬉しく、私も彼のように芯のある人間になりたい、そう思えた、とても素敵な機会となりました。
そして、最後に訪れたのはドゥルスキニンカイ。
まだまだ日本では名前が知られておらず、ガイドブックにも小さくしか載っていない街ですが、リトアニア人だけでなく、ほかのヨーロッパ諸国やトルコ人に愛されている素敵な街でした。
ミネラル豊富な水が湧き出ているため、昔から湯治場として知られている街。
ここでは観光で外を出歩くのではなく、スパホテルに滞在し、ひたすら体を休めることが目的です。
リトアニアの特産品、琥珀を利用した琥珀スパも有名で、スパトリートメントグッズも日本よりお得に購入できます。
出来ることであれば、長期滞在をお勧めしたい街でした。
バルト三国への旅行の場合、エストニア・ラトヴィア・リトアニア周遊のツアーであったり、フィンランドなどの経由地と組み合わせたツアーであったりが多いため、リトアニア一か国のみで楽しいかなぁ、などと考えながら出発したのですが、本当に良い意味で裏切ってくれました。
オフシーズンである冬でさえ、こんなに楽しめるこの国に、夏に来たら骨の髄までメロメロにされてしまうかも知れません。
優しい笑顔で迎え入れてくれた人たち、素朴で美しい街並み、美味しすぎる食事、これ以上に必要なものはあるでしょうか。
時間を気にせずに、迷子になるように滞在を楽しめる国、リトアニア。
皆さまも、次のご旅行には迷子になりにリトアニアへのご旅行はいかがでしょうか。
★★★★★杉原千畝博物館
日本人として、リトアニアに行ったら是非訪れて欲しい!
★★★★★トゥラカイ城
夏の景色ももちろん、冬の凍った湖に浮かぶ姿も美しい!
★★★★リトアニア料理
ツェペリナイをはじめ、こんなに外れのない国珍しい!
(2016年12月 大野史子)
杉原千畝、みなさまこの名前をご存知でしょうか。
第二次世界大戦時、日本から遠く離れたリトアニアという国で、6,000人ものユダヤ人に向けてビザを発給した日本人がいたのです。
これだけ聞くとなんのこっちゃですが、その時代ドイツと同盟を組んでいた日本としては、ユダヤ人にビザを発給し、ナチスドイツの手が届かに場所へ逃がすことなど許されない事でした。
アメリカやオセアニアなどの第三国へ逃げるために、どうしても必要であった日本の通過ビザ。
日本本国の命令に背いてまで、自分や家族の立場を危うくしてまで、何故彼はビザを発給し続けたのか。
幼い頃に、本か何かで杉原千畝の事を知った私にとって、彼はずっと正義の人でした。
いつか訪れたいと思っていた杉原千畝ゆかりの土地へ、今回、フィンランド航空様とリトアニア政府観光局様のご招待で訪れる機会をいただきました。
初めて目にした素朴で温かい、憧れの土地。
農業が盛んで、自然豊かな国で出会った、素敵な景色。
皆様のご旅行の参考になりますように。
サンタクロースごっこ
今回の旅程は、ヴィリニュスをスタートし、トゥラカイ、カウナス、ドゥルスキニンカイと巡ってきました。
リトアニアの魅力の一つに、地方都市の面白さがあげられます。
リトアニアへのご旅行だとヴィリニュスだけ訪れる方も少なくありませんが、時間が許すのであれば、是非他の町まで足を延ばしてみてください。
まだまだ他のヨーロッパ諸国に比べ、知名度は高くないリトアニア。
実際に私も行くまでは何があるのかよく分からず、バルト三国で一冊にまとめられている地球の歩き方を握りしめ、ヨーロッパまで最短最速のフィンランド航空で出発しました。
フィンランド航空は、アメニティやブランケット、紙コップなど、日本でも大人気のマリメッコとコラボしていることでも有名。
ヘルシンキ空港にはマリメッコのお店もあり、日本の半額ぐらいで購入出来るそうで、こちらも女子に大人気です。マリメッコ店のすぐ隣には、これまた大人気のムーミン店が並んでいるので、乗り継ぎ時間があいたとしても、十分楽しめる空港でした。
サイレントポリシーを取り入れているため、空港内はとても静かでフィンランドという国のイメージにぴったり。(入国した事はないですが)
こじんまりとした空港なので、乗り継ぎの移動もとっても簡単でした。
数年後には新しいターミナルが作られる予定で、また私たちの旅は自由に快適になります。
快適な移動で、遂に到着しました、リトアニア!
リトアニアの首都、ヴィリニュスは、教会密集度が世界一と言われるほど、町中に教会がひしめき合っています。
旧市街は歩いても十分観光ができる大きさ。街並みが本当に美しくて飽きることがありません。
ヴィリニュスの歩き方のコツは、旧市街の街の中を迷子になることだと聞いていましたが、本当にその通りで、一つ角を曲がればまた新しい顔を見せてくれる、いつまでも飽きることのない魅力を持った街でした。
聖ペテロ&パウロ教会
夜明けの門
聖アンナ教会
魚つり中のキリスト?
夜には、丁度宿泊していたホテル前の広場でクリスマスマーケットも行われていたので、みんなで探検に行きました。
クリスマスマーケット初体験の私でしたが、何でしょう、あの独特な温かい優しい雰囲気にすっかり虜になってしまいました。
クリスマスのオーナメントや、ホットワイン、ジンジャークッキーが売っているお店が、クリスマスツリーをぐるりと囲むように並んでいるのですが、みんな幸せそうな顔で写真を撮ったりお菓子を食べたり、日本では見ることのない素敵なあの雰囲気。
冬のヨーロッパなんて寒いだけで絶対行きたくないとずっと思っていましたが、クリスマスシーズンであれば、また是非行きたいと思えるほどに幸せな空間でした。
<ヴィリニュスのクリスマスマーケット>
次に訪れたトゥラカイはヴィリニュスから車で約一時間。ヴィリニュスに移るまで首都が置かれていたトゥラカイの見どころといえば、トラカイ城。
大きな湖に浮かぶトゥラカイ城は、まるでディズニー映画にも出てきそうに可愛いお城。夏には湖でボートを楽しむこともできるそうです。
氷に閉ざされたトゥラカイ城(響きがロマンチック)
きゃーきゃー言いながら写真を撮りまくっていましたが、いざ城内に入ってみると・・
あら?まさかの拷問道具が置いてありました。
とりあえず拷問道具にはまってみる
他にも跳ね橋や、敵が攻めて来た際に守りやすいように作られている狭い階段を見て、いくら可愛いといっても戦争の為に作られたお城なのだなぁとなんとなくしんみり。
お城の中はこじんまりしていますが、見ごたえはたっぷり。
トゥラカイにはトルコ系移民がたくさん住んでいるため、町中にも彼らの伝統家屋が並んでいました。
三窓のある伝統家屋
彼らの伝統料理「キビナイ」というパイも町の名物となっており、多くのカフェやレストランで食べることができます。
肉まんに近いような味で、ぺろっと食べれてしまいました。
このサイズでもぺろっ
次に訪れたカウナスは、第二次世界大戦時に首都が置かれていた街。
この町の見どころといえば何と言っても杉原千畝博物館で、今回の旅で、私が一番楽しみにしていた場所。
そして、遂にその場に私は立つことができた。
彼がこの地で6,000人ものユダヤ人に向けて発行した日本の通過ビザ。
1940年7月から8月にかけて、寝る間を惜しみ、何本ものペンを潰しながら、日本本国の命令を無視し、無許可で発給し続けたビザ。
最後、リトアニアを出発する列車の窓からもビザを投げていたという。
小さい頃から憧れていた杉原千畝が、実際に住んでいた場所は、高級住宅街の一角にひっそりと佇んでいた。
「希望の門、命のヴィザ」とかかかれたプレートが掛けられた門は、私の想像よりもとても小さく、ここに100人を超えるユダヤ人達が詰めかけたとは想像ができない。
杉原千畝が住居としても利用していた元日本領事館を使った博物館では、杉原千畝の生涯をまとめた15分のビデオや、書斎を再現した部屋を見ることができ、訪れた人は皆、机に座って杉原千畝ごっこをするのがお約束で、私もいそいそと記念撮影をさせてもらいました。
遂に憧れの地にたどり着く
入館料は無料で、入場者からの寄付だけで運営されているそう。
博物館内のお土産屋さんで売られているビザの形をしたマグネットや、チョコレート、蜂蜜は美味しいと評判で、パッケージも可愛いので、お土産にお勧めです。
日本通過ビザを使って、世界中へと散っていった
素敵なお土産
発給されていたビザ
その当時、ヒットラー率いるドイツと同盟を組んでいた日本の国民として、彼がしたことは果たして正義であったのか。その当時の日本の正義を当てはめれば、決してしてはならなかったでしょう。彼のした事に関しては、様々な意見があることも理解できます。
しかし、そういった状況下でも、自分の正義を貫き通した杉原千畝という日本人を、私は心から誇りに思いました。
「私は大したことをしたわけではない。当然のことをしただけです」
この場所で彼がいかに悩み抜き、自分の正義を貫き、目の前の命を助けようと戦い抜いたのか。憧れのこの土地に、自分の足で立つことができて本当に心から嬉しく、私も彼のように芯のある人間になりたい、そう思えた、とても素敵な機会となりました。
そして、最後に訪れたのはドゥルスキニンカイ。
まだまだ日本では名前が知られておらず、ガイドブックにも小さくしか載っていない街ですが、リトアニア人だけでなく、ほかのヨーロッパ諸国やトルコ人に愛されている素敵な街でした。
ミネラル豊富な水が湧き出ているため、昔から湯治場として知られている街。
ここでは観光で外を出歩くのではなく、スパホテルに滞在し、ひたすら体を休めることが目的です。
リトアニアの特産品、琥珀を利用した琥珀スパも有名で、スパトリートメントグッズも日本よりお得に購入できます。
出来ることであれば、長期滞在をお勧めしたい街でした。
スパ・ヴィリニュス
ミネラルたっぷりの水を飲むこともできます
大きなクリスマスツリー
バルト三国への旅行の場合、エストニア・ラトヴィア・リトアニア周遊のツアーであったり、フィンランドなどの経由地と組み合わせたツアーであったりが多いため、リトアニア一か国のみで楽しいかなぁ、などと考えながら出発したのですが、本当に良い意味で裏切ってくれました。
オフシーズンである冬でさえ、こんなに楽しめるこの国に、夏に来たら骨の髄までメロメロにされてしまうかも知れません。
優しい笑顔で迎え入れてくれた人たち、素朴で美しい街並み、美味しすぎる食事、これ以上に必要なものはあるでしょうか。
時間を気にせずに、迷子になるように滞在を楽しめる国、リトアニア。
皆さまも、次のご旅行には迷子になりにリトアニアへのご旅行はいかがでしょうか。
抱えきれない程の思い出のプレゼント、ありがとうございました!
★★★★★杉原千畝博物館
日本人として、リトアニアに行ったら是非訪れて欲しい!
★★★★★トゥラカイ城
夏の景色ももちろん、冬の凍った湖に浮かぶ姿も美しい!
★★★★リトアニア料理
ツェペリナイをはじめ、こんなに外れのない国珍しい!
(2016年12月 大野史子)